~ハマボウフウ学への  い・ざ・な・い    

                ハマボウフウ

       (Glehnia littoralis Fr.Schmidt.ex Miquel

双子葉離弁花多年草。 

セリ科の植物ハマボウフウ属ハマボウフウ。ボウフウの名の付くものには他にカワラボウフウ属のボタンボウフウ・ハクサンボウフウ・カワラボウフウ・エゾハクサンボウフウ、シシウド科のイシヅチボウフウ・トサボウフウ、エゾボウフウ属エゾボウフウ、イブキボウフウ属イブキボウフウ、ミツバグサ属ツクシボウフウ、アメリカボウフウなどがあります。

名前の由来

19世紀、帝政ロシアの地理学協会の極東調査でフィヨードル シュミット(植物相におけるシュミット線で知られる)の助手として、アムール川(黒竜江)流域、沿海地方、樺太(サハリン)の植物相を調べた、Пётр Петрович Глен(ピヨートル ペトロビッチ グレン)に由来します。二人ともバルト・ドイツ人でエストニアのタルトゥ大学を出ており、出会いはこの大学時代かと思われます。3歳年下のグレンは、エストニアの土地貴族出身。76歳まで生きたシュミットがハマボウフウの学名に、40歳で亡くなった彼に因んで付けた献名。正式な登録はオランダの植物学者F・ミクエルがおこなっています。Littlarisはギリシャ語の「海辺の」(形容詞)。

 

人とのかかわり---和名・生薬として・山菜として

 和名の由来については、漢方のボウフウと効能が似ているということからともいわれています(ボウフウの代用品として使われました。ボウフウについては別記参照)。八百屋で売られていたことからヤオヤボウフウ、料理の世界では刺身のツマに使用する際、葉柄を十字に包丁を入れると、くるくるっと丸まり、船の錨を連想する形になるところからイカリボウフウとも呼ばれました。オタシウキナ(アイヌ語otaciwkina海辺・渚の草というニュアンスか)

かつて、藤沢の(有)豊島屋本店で葉柄を砂糖菓子として売られていました。現在新潟の大潟町のハマボウフウ野草酒、蒲郡のぼうふ餅(現在は製造休止中)などがあります。

 生薬として根茎は風邪の発熱、頭痛、咳き、胃炎、関節痛、神経痛、喉鼻の乾燥に利くとされ、江戸期以降ボウフウ(真防風、藤助防風)Saposhnikovia divaricata Schischkinの代用品としての認識が定着しますが、いまから1000年以上まえの『延喜式』(西暦905年編纂開始)巻第三十七、典薬寮(くすりのつかさ)には、「防風」(別の個所でのカナフリにハマスカナ)を献貢した諸国名のなかに「相模の国三斤 伊豆国十五斤 駿河の国十斤」との記述がみえ、屠蘇散の生薬としても記載されています。また、同じ時代の医薬の辞典『本草和名』にも防風(ハマボウフウのこと)を和名「波末須加奈」(はますかな)「波未爾加奈」(はまにかな)と記載してあります。今日の屠蘇散にも入っています。

 

 

根茎の成分(第二代謝産物)には、フラノクマリン誘導体(インペラトリン、イソインペラトリン、8-ゲラニロキシソラーレン、5-ゲラニロキシソラーレンほか)やアセチレン化合物パナキシノール、ファルカリンジオールなどが含まれています。

 

 

日本の生息地は、沖縄から北海道にいたる砂浜海岸。アジア極東ではサハリン、朝鮮半島・金野(クムヤ)、文徳(ムンドク)の湿地帯、中国・遼寧、河北、山東、江蘇、浙江、広東、福建、台湾各省、カナダ・ブリティッシュ=コロンビア州、アメリカ・ワシントン州、オレゴン州シノニム(Glenia leiocarpa E.Mathias)。(中国生薬WEBサイト、つるネットワーク他)

 

戦後は多くの自生地から少なくなりつつあります。湘南海岸でも半世紀前の辻堂演習場があった、辻堂砂丘(現在の辻堂団地、県辻堂海浜公園一帯)にはコウボウムギやハマヒルガオ、ハマニガナ(神・絶滅危惧)、ビロードテンツキ(神・絶滅危惧B)などの間のところどころに群生していましたが、今は当時と比べ個体数が減りました。そもそも、海浜植物の生息域が減少し、また人々の過度の浜辺利用も一因といわれています。

 

レ ッドデータブック

岩手から、千葉など太平洋側の県を含め10以上の県でレッドデータに記載されている植物です(但し神奈川県、環境省には記載なし)。中国ではハマボウフウは一級希少野生植物に指定されています。

 

ハマボウフウの花など、植物のからだ

ハマボウフウに関する研究-1

開花期から、発芽・育つ株数について調べた石狩浜海浜植物保護センターの調査がわかりやすいので紹介します。

 「ハマボウフウの花は、直径5mmほどの小花が集まって、小さな丸い花のまとまりになり(小花序・繖形花序)、さらにそれが集まっての傘のような大きな花のまとまり(大花序・複繖形花序)を作っています。・・・小花序あたりの小花序数平均28小花。大花序あたりの小花序数平均25花序(したがって)大花序全体で平均700小花。花の初期は雄性期、後期は雌性期。中央の花序(第一花序)が雌性期になるころ、第2、第3、第4花序が、雄性期で開花。第2花序、第3・・の花序は、ほとんどが雌性にならず、雄性のまま枯れてしまい、実になりません。ハマボウフウは自家和合性があるので、雌性になれば、高い確率で実を結べます。しかし、実を結ぶには、たくさんのエネルギーを必要とし、雄性だけの花は、花粉をうまく運ばれさえすれば、エネルギーをほとんど使わずに遺伝子(子孫)を残すことができるのです。しかし、花粉がうまく運ばれる確率は大変低い。発芽後の生存率は(グラフによると)一年目約半数、二年目約半数、三年目さらに株数は減りますが花をつける株もあります。」

上の説明にありますように、花は複繖(傘)形花序で、葉は23出(まれに5出)羽状複葉(しばしば羽状全裂)で、長い葉柄があって基部は、中空の茎を抱く。互生、120°螺旋葉序。小葉は不揃いのきょ歯があり、葉の表面はクチクラ層が厚く光沢があります。花弁は5枚、おしべ5本めしべ1本で柱頭は2つに。双果は軟毛が多く生え、普通3つ(まれに2ないし4)の大きな稜があります。しっかりとした株は第2花序でも結実したり、1株あたり1000粒以上の結実も見かけます。葉は普通複葉ですが、同じ群落のなかには倒卵形以外の形も混じり不揃いです。際立って大きな小葉や、葉柄のアントシアニンによる発色具合にも個体差があるようです。

ハマボウフウに集まる昆虫には、ハナバチ、ハナアブの仲間、甲虫の仲間、例えばコガネムシ、ヒメマルカツオブシムシをよく見かけます。受粉を担っているのでしょうか。吸汁性の害虫としてアカスジカメムシやハナダカカメムシをよく見かけます。キアゲハ、アブラムシ、ハダニ、ヨトウムシそしてネキリムシと呼ばれるものも訪れます。訪れて欲しくない来訪者です。

 

ハマボウフウに関する研究-2

 生息域に関する興味深い研究があります。新潟薬科大学元教授の平岡昇先生が全国27地点のハマボウフウの成分組成を調べたデータです。かいつまんでご紹介します。

 

第二代謝産物、アセチレン化合物2種とフラノクマリン8種を分析対象とし、地下部の成分を分析し、「日本海側では能登半島、太平洋側では三陸海岸を境目にして北と南とでその組成が異なっていた。」北はクマリンを豊富に含み、南はクマリン含有が少なくアセチレン含有が高かったので、これを北方型(N型)、南方型(S型)と呼んでいます。『植物成分の変異と変動―ハマボウフウを例として』

 

この成分組成タイプ分けの列島地図に、黒潮の流れを重ねてみますと日本海側の対馬海流が能登半島付近でリマン海流影響を受け、新潟から秋田に北上する流れは津軽海峡を太平洋側にも回り込んでいます。太平洋側を北上する黒潮は北から南下する親潮とぶつかり、黒潮続流となってコリオリの力で東に向かい、その先は北米Glenia leiocarpa E.Mathiasの生息地です。

 

 ハマボウフウに関する研究-3

北里大学助教石川寛先生におこなっていただきました遺伝子型解析(2012年)をご紹介します。

 

「風蓮湖、寺泊3産地6個体をN-type(北方型)、名取、平塚、種子島3産地11個体をS-type(南方型)と推定。解析する遺伝子領域としてtrnL/Fスペーサー(葉緑体DNA)とITS領域(核DNA)をPCRでそれぞれ増幅し、3130シークエンサーを用いて塩基配列を決定。その結果、いずれの領域においてもN-typeS-typeの識別形質となるような相違はみられませんでした。」

 

石川先生は、その「結果と考察」のなかで、「その解釈としては、(1)N-typeS-typeは遺伝的に2群には分かれない、あるいは(2)N-typeS-typeは遺伝的に2群に分かれるが、今回用いた遺伝子領域では進化速度が遅く、両者の相違を検出できなかったかという2通りが考えられる。」と述べています。また、「仮に解釈がN-typeS-typeは遺伝的に2群に分かれるとして、その違いを検出するためには、他の遺伝子領域を解析する必要があるかもしれない。例えばヒトの個人識別に用いられるのと同じマイクロサテライト領域や、クマリンの生合成に関わる酵素の一つであるフェニルアラニンアンモニアリアーゼの遺伝子などが考えられる」そうです。『日本産ハマボウフウの遺伝子解析』

 

ハマボウフウに関する研究-4

 「編集中」 

以前、薬用植物資源センター種子島研究部や平岡昇先生、海辺フォーラムで交流している石狩浜海浜植物保護センターを含む交流先等のご協力により、種子島、五島列島宇久島、新潟寺泊、北海道石狩浜、道東風蓮湖、宮城県閖上海岸、青森県横浜町、伊豆大島それに平塚千石河岸の9か所の種子で試験用苗作りをおこないました。

同じ条件で各地の苗づくりをしましたが表現型では、石狩浜のハマボウフウは他の地域のハマボウフウと比べ地上部が際立って大きいことや、各地の苗を冬季温度、約15℃で保存しますと種子島の苗しか花芽をつけませんでした。(試験のために複数地域の育苗上、遺伝子汚染を防ぐ簡便な方法ではないでしょうか。)わからないことがまだまだありそうです。

 果実はセリ科に共通する形で、コルク質のためよく水に浮きます。実際に海水に60日以上浸漬したうえで播種した試験では、対象区と変わらない最終発芽率でした。海流は年により、また季節によって大きく変動しています。グンバイヒルガオやハマボウなどの汎熱帯海流散布植物の分布を見るにつけ、散布形式が海流散布のハマボウフウがなぜ北太平洋を生息域としているのか、種子と表層循環上の違いも調べる必要があるのでしょうか。また、朝鮮半島、ロシア沿海州から樺太、千島列島そして北米カナダ、アラスカの情報も欲しいところです。

 

 

 参考

 漢方の世界では同じセリ科の防風(ハマボウフウとは別の植物)の根茎が、発汗、解熱、鎮痛を目的に感冒などの頭痛、悪寒、関節痛などに用いる基原植物として使われ、江戸享保年間渡来し奈良大宇陀で森野藤助により栽培され「藤助防風」とよばれ、幕府が江戸、京都その他官園でも植えていました。こんにち国内では、つくば市の(独)医薬基盤研究所薬用植物資源センターなどで標本として栽培されています。江戸時代以降代用品には伊吹防風も使われ、現在 中国、台湾でも中薬(漢方)として、根茎の表皮を取り除いて、「北沙参」(ほくしゃじん、きたしゃじん)名で使われています。因みに中国ではハマボウフウのことを珊瑚菜と呼びます。

 

                   

.  参考

 漢方の世界では同じセリ科の防風(ハマボウフウとは別の植物)の根茎が、発汗、解熱、鎮痛を目的に感冒などの頭痛、悪寒、関節痛などに用いる基原植物として使われ、江戸享保年間渡来し奈良大宇陀で森野藤助により栽培され「藤助防風」とよばれ、幕府が江戸、京都その他官園でも植えていました。こんにち国内では、つくば市の(独)医薬基盤研究所薬用植物資源センターなどで標本として栽培されています。江戸時代以降代用品には伊吹防風も使われ、現在 中国、台湾でも中薬(漢方)として、根茎の表皮を取り除いて、「北沙参」(ほくしゃじん、きたしゃじん)名で使われています。因みに中国ではハマボウフウのことを珊瑚菜と呼びます。

 文責 荒井 2016.08記 (不許複製)